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全体に溶け込むのか、個を活かすのか




先日、知り合いのアマチュア合唱団の演奏会を聴きに行きました。

演奏を聴きながら、そして夫と感想を話しながら

色々と考えることがありました。


その団は15人くらいの少人数の混声合唱団で

地声やビブラート(声帯を震わせて歌うこと)の人がおらず、

とても澄んで美しい、非常に心地のよい響きを感じました。

特にキリスト教の宗教曲ではこうした歌い方がとても大切で、 私好みの声色です。


また、「和」を非常に大事にしている合唱団という紹介の通り、

4つの声部がハーモニーとしてまとまって、

1つの音楽を作っているのもとても素晴らしく、好感が持てました。

歌い手が自分のパートや自分の声しか聴いていないことはよくあるのですが

ここのみなさんはお互いの声をよく聴いて歌っているのだろうな…と感じました。



そんな風に、とっても素敵で素晴らしい歌声を堪能したのですが

実は1点だけ、私の中でずっと引っかかっていたことがありました。

それは、声の小ささ/弱さです。

特に女声が人数の割に全体的に弱めで、

常にp(ピアノ、強弱記号で「弱く」の意)で歌っているように感じました。

それも、頑張って歌ってもそれしか出せない、というのではなく、

全員で合わせようとした結果、声が前に出ずこじんまりとしてしまい

その結果弱くなっているように感じられました。


「もっと自己主張していいのにな、ものすごくもったいないなぁ…」

と率直に思いました。


 

休憩時間や演奏会後に夫と感想を話し合ったところ、

夫は全く違う意見でした。


「確かに弱いけど、

全体で1つの音楽を作ろう、まとまろうという

あの団の個性じゃない?」


うん、確かに個性といえば個性なのだけど...。

なんだかとてもモヤモヤしました。



音楽は表現の世界であり、

好みがあっていい世界なので、

これでなくてはいけない、というものはありません。

(と私は思っています)


これまで私が歌ってきたいくつかの合唱団は

みんなその人なりにガンガン声を前に出して歌う人が多く、

指揮者から「他のパートを聴いて歌ってね」と何度言われたことか!

その代わりに、1人1人の個性が交わった音楽を体現しようとして、

その結果生き生きといた演奏になるのがとても好きでした。


ですので、

その団の個性と、私の好みが違ったということなのかなぁ…

と,その場では終わりました。


 

そんなことから改めて

「私の音楽の好みは何だろう?」と考えました。


私が好きなのは、1人1人が表現しようとした結果の、エネルギーに満ちた音楽です。

単に音が強いとか、強弱がはっきりしているということではありません。

演奏者のエネルギーが伝わってくる演奏ということです。

そうした演奏は、弱い音の中にもエネルギーが満ちています。


今までで一番それを感じたのは、

バルカン室内管弦楽団の来日演奏会でした。

コソボ紛争後に紆余曲折を経ながら多民族で構成されたメンバーが

練習も含めて数少ない演奏機会に掛けるエネルギーの凄さ。

演奏者お一人お一人のエネルギーが音に乗って客席に飛んできて

それを身体全体で受け止め、心が震えた感覚を今でも覚えています。



そして、

私は色々な組織や,社会がそうあって欲しいと願っています。

1人1人がエネルギー高く、ご自身を発揮しながら、

みんなで最高のハーモニーを作ること。

全体の美しさや統制のために個を出さないなんてつまらない!

個を出した上でどんな美しさを作るのか、という世界観が好きなのだと思います。


音楽の好みが自分の世界観と繋がっているんだなぁと気づいたことで

改めて、この世界観を大事にしたいと思いました。



あなたは自分を発揮しながら

周りの人とどうハーモニーを作りますか?



それではまた!


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